ON-LINE 自然食通信 たべものとくらしをあなたの手に
amarans.net TOP新刊案内既刊案内書評情報おしらせお知らせ日々のたより昼めし日記新生活通信リンク
TOP > 日々のたより>2005年9月6日

日々のたより

2005年10月 天音堂ギャラリー
「貝原浩 偲ぶ展」によせて

 ラフィックデザイナーとして、またイラストレーターとして、本郷、神保町界隈の小さな出版社の本の装丁やイラストの仕事をたくさん手がけてきた貝原浩さんが、6月30日、癌で亡くなりました。
 7月末、都内で催された「貝原浩氏を偲ぶ会」には、200人近い知人、友人が集い、会場の一室では各出版社から提供された本、ポスター、イラストの一部も展示されました。低予算、小部数ながら、障害や病いをもつ人たち、少数民族、在日など強いもの勝ちの社会や歴史にはじかれてきた側にたつ出版に心を寄せた貝原さんの仕事の数々に、圧倒される思いでした。

 自然食通信社の本も、ほとんどが貝原さんのデザインによるものでした。中でも、1981年に創刊した雑誌『自然食通信』は、96年12月の73号で休刊に入るまで、15年半にわたり、表紙デザインから、本文のデザインワーク、膨大な量のイラストなど遠慮もなく仕事を頼んできましたが、あの独特のイラストと共に「自然食通信」を記憶していてくださった方も多かったのではないでしょうか。
 それまで、「自然食」という言葉は、"玄米菜食"であったり、"青汁"であったり"○○健康食"といわれるものだったり、とある種の先入観がまとわりついていました。新しい雑誌では、押し寄せる洪水のように環境公害が日本中を不安に陥れていた時代に「自然環境や農業、食品産業のありかたのみならず、公害を生み出した私たちの暮らし方の再考を」と呼びかけ、「いのちを育む『自然な食べ物』を取り戻すさまざまな途」を読み手とともに探る場にと考えたのです。これが貝原さんとの初めての仕事でもありました。
 創刊に先立って、創刊0号(準備号)を作ろうということになり、貝原さんはラフデザインを出してきました。それはどこにも見たことのない、新鮮なエネルギーに溢れたデザインで、ひどく興奮したことを今も鮮やかに思い出します。

 ともすれば、「正義」を振りかざしてと煙ったがられそうな記事も、貝原さんの皮肉とユーモアの効いたイラストが闊歩する誌面はどこか肩の力が抜け、雑誌を埋めたイラストはいつの間にか一人歩きして全国各地の小さな市民運動のチラシや冊子に勝手に転用されてもいきました。色んなところでたびたび、見覚えのあるイラストを発見したことも楽しい思い出のひとつです。

 貝原さんには画家としてのもう一つの顔もあります。「『画家』じゃなくって、『絵師』」と自称し、多芸多才な風刺画を描きまくっていましたが、そんな貝原さんを私ども悪友は敬愛の気持ちをこめて「画伯」と呼んでいたものです。多忙な生業の合間をぬい、画業のほうでもその鋭い観察力と独自の表現手法で人間を描いた鉛筆細密画や、旅を愛し、その土地の風景と人々のたたずまいを描いた水彩ほか、多彩なスタイルの絵を残しています。
 
『寝たきり少女の喘鳴
(こえ)が聞こえる』『天音amane』(共に山口ヒロミ著 自然食通信社刊)の装丁をした縁で、親しく付き合うようになった山口ヒロミさん、平明さん夫妻が19歳で亡くなった天音さんを偲ぶ場所として開いた「天音堂ギャラリー」では、10月1日から10日まで、「貝原浩 偲ぶ展」が開かれます。ヌード作品と、「FAR WEST」と題された鉛筆画を中心に、東西ヨーロッパ、ロシア、中東、中南米と世界中を旅しスケッチした作品などが展示される予定。

(2005.9.6/横山豊子


2005年10月1日(土)〜10日(月)【貝原浩 偲ぶ展】
大阪市西区南堀江の「天音堂ギャラリー」にて、画家・イラストレーター・デザイナーとして腕をふるい、今年6月に亡くなられた貝原浩さん追悼展が開かれます。(会期中に三々五々トーク)

★天音堂ギャラリー TEL&FAX 06-6543-0135 *水・木定休
〒550-0015大阪市西区南堀江1-18-27 四ツ橋セントラルハイツ611号
・地下鉄四ツ橋線[四ツ橋駅]5番出口南西徒歩5分
・地下鉄千日前線[桜川駅]5番出口北東徒歩4分
・各線[難波駅]より地下街「なんばウォーク」26C出口北西4分

日々のたより一覧

Copyright 00-04 自然食通信社 All rights reserved.
このホームページの内容を許可なく転載することはご遠慮ください.

自然食通信社
東京都文京区本郷2-12-9-202
このサイトに関するお問い合わせは下記にお願いします
mail:info(at)amarans.net