| TOP > 日々のたより>2004年11月8日 |
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「働く」ことって
「一生働く」ことは決まったが、目的に向かって勉強したわけではないので、4年生になった私は、教員試験も企業の数社の入社試験も不合格に。某銀行にようやく内定をもらったが、朝日新聞が多摩地区で週刊新聞を創刊することになり、紹介してくれる人があって入社した。同僚は女子大生、転職組、主婦の女性ばかり9人。主婦向けの新聞だからかと思ったが、会社がいつまでもつか分からないので、男性は採用しなかったのが真相と分かった。
入社数年後、「働く」という連載が1面で始まった。女性の社会進出が話題になり始めた頃で、様々な仕事に就く女性を取り上げようという企画だった。今では珍しくもない自動車教習指導員、タクシー運転手などもいた。男性職場に混じって働く女性、子育てをしながら働く女性たちは、私にとって大きな励みになった。
その後、長男(現25歳)を妊娠した私は「辞めるんだろ」と上司に退職を示唆され、「辞めません」と突っぱねた。同僚の協力もあり、産前産後12週間の休みを取っただけで、復帰。3年後には長女を出産した。就労は確保したが、保育園は満杯状態。今のように病児保育や夜間保育などなく、「子持ちはこれだから困る」と言われぬように、緊張して働き続けてきたように思う。仕事の面白さや、責任感からというより、「女性も子育てしながら働ける」ことを証明するためにがんばってきたように思う。
「幸福なしごと」のもととなった取材を始めた頃は、子どもも手を離れ、じっくり仕事に取り組めるようになっていた。長期不況という厳しい環境の中で、一つの仕事と向き合っている人の言葉、姿から、人間が生きていく上で、どんなに辛くても「働く」ことは切り離せないと改めて感じた。
長期不況のせいで、サービス残業、リストラなど働く環境は悪化する一方だ。そして「男女平等」も、この30年間に制度上は整ってきたが、長年の習慣、教育で染み付いた思想を変えることは難しく、差別は今もなくならない。働くことはけっして楽ではない。それでもそこから得るものは、何物にも変えがたい。働くことに踏み出せない人達に、どうやったらそのことが伝えられるのだろうか。大人たちの課題だと思う。
(2004.11.8/山田優子『幸福なしごと』著者)
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